笠原園花さんはチアリーディングで3度の世界大会出場経験のある、トップアスリート。チアの道を走りながら、韓国留学、ドバイ勤務、オーストラリアでチア選手、と、さまざまな海外生活を送ってきました。そんな彼女はいま日本に戻り、米国公認会計士の資格取得に向けて勉強中。コーチも行えチアで生計を立てられる人が、なぜ?その背景にはチアひとつだけでは収まりきらない、笠原さんが抱く望みと社会への挑戦がありました。私はお仕事で絡んだこともあり少し事情を知ってるという前提でお読みください。前後編の後編です。
目次
好きなことだけやりつづけたオーストラリア
水嶋: オーストラリアのメルボルンに渡ってから、すぐに世界大会?
笠原: そうです。世界6位という成績でしたが次はもっと上を目指したい、「チームの中心としてもっと活躍したい」と思い、本格的な移住を決意したんです。その後は半年ほど地元の商社に勤めていましたが、週5勤務に週5チアで心身ともに疲労して、これじゃ本末転倒だと思って退職しました。
水嶋: それは、そうですね
笠原: そのあとは地元の日本人やハーフの子たちにチアや体操を教える教室を運営したり、地元の大学のチアリーディング部のコーチをしたり、チア以外にも通訳の仕事をときどきしたり、マーケティングの仕事を週10時間だけしたり。ほんと、オーストラリアにいた2年間は好きなことしかやっていなかったですね。イヤというものをあえて避けていたと思います。
水嶋: それまで抑えていたものが一気に開放された感じありますね。
笠原: いま思うとオーストラリア人の気質に影響を受けていたと思います。
水嶋: へぇ!それはどんな?
笠原: すごくのんきな人が多いんです。貯金もあまりせず、必要な分だけ稼ぐ。それで私も好きなことで生活費が稼げればいいやという思考になっていた。こうして帰ってあの暮らしを振り返ってみて、より感じるところです。
もしかしたら呼ばれていなかったのかもしれない
水嶋: 帰ってきた背景は何ですか?
笠原: 世界大会に2度出させてもらったんですが、3度目はコロナの影響で大会そのものがなくなってしまったんです。で、以前からビザ申請が通らなくて。選手として特殊な技術を持っているので活動するというビザがふつうは1カ月で下りるものなんですが、私の場合は1年かかっても出なくて。一度ダメって言われるともう申請できないものの、30万くらい払って裁判所に不服の申し立てはできるんです。
水嶋: 30万か~!
笠原: その回答があるまではビザが伸びるシステムなんですが、一度出国すると失効してしまうので、いまはもうダメですね。
水嶋: あえて聞きますが、そんな状況でなぜ帰国したんですか?
笠原: このコロナで、オーストラリアでのロックダウンがはじまったときに首相が『6か月かかることを覚悟して』と表明したんです。外国人の私に補助金も期待できず、そんな状況で家賃を払いつづけて半年過ごすのは痛い。さらにいうと裁判所から返事がきて裁判だとなったときに追加で35万円ほど必要になると聞いていたので、そこまでしてオーストラリアにとどまりたいのかと、いずれにしろ一度日本に帰ってじっくり考えたいと思ったのです。
水嶋: なるほど。コロナショックの代表例みたいな話だな…。
笠原: いま思うのは、結局、私はオーストラリアに呼ばれてなかったんだと。周りの人たちがサクサク取れている中でなぜか私ひとりだけが落ちていて、『ビザに関してこんなに不運な人はいない』って言われもしました。
水嶋: もしサクサク取れてたら、どう考えていたんですか?
笠原: オーストラリアで永住権をとる道を選んでいたと思います。でも、さっきも言った『好きなことをやって暮らせれば』という当時の思考に対して、こうしてコロナで帰国したからこそ気づけたんだろうと思うんです。
水嶋: それはいいこと?
笠原: いいことです。私にとってはニセの幸せだったと思います。
水嶋: それがいま考えている新しい道につながるんですよね。さて…これから何をされるんですか?
笠原: 米国公認会計士を目指します!
水嶋: 大胆なキャリアチェンジ!詳しく聞きたいな。
悔しさをバネに国家資格で身を立てる
笠原: 帰国して、引退試合と決めていた3度目の世界大会も開かれない。そもそもオーストラリアへの国際線の再開も8月か9月かと言われていてチームに合流することもできない。そこで、日本で就職しようと思ったんです。
水嶋: うんうん。
笠原: それである動画プラットフォームの運営会社のマーケティング事業の面接を受けたんですが、『笠原さんのような未経験の方は…』と言われてしまい、『未経験!?』『私新卒扱い!?』と頭が真っ白になったんですね。
水嶋: 何をもっての「未経験」か分からんですね。
笠原: 営業とマーケは海外で5年やってきたにも関わらずそんな扱いを受けるんだと。それに私、ムカついたんですよ。マジクソ、って思っちゃって。
水嶋: 海外経験を評価する物差しがない、っていうのはありそうだ。
笠原: その会社ではアスリートを活かした動画マーケティングをやりたくて、経験も人脈もあると伝える中で、もしかしたらアスリート経験を強調しすぎたのはあるかもしれません。だとしたらそれは私の失敗です。
水嶋: アスリート=社会人未経験というバイアスはあるかもしれないな…。
笠原: そこで思ったのが『営業って曖昧かもな』と。誰でも名乗れるし、人によって価値観が違う。なら、国家資格を目指すのもいいんじゃないかと思ったんです。会計士なら学生の頃に簿記もやっていて数字は好きだったし。
水嶋: あ~、なるほど!そういうことか…納得しました…。
笠原: 資格については身近にエミレーツ航空のパイロットをしている友人がいたのも大きいです。彼らは高収入ですが、それは4年間お金も時間も投資したという背景があってで。なら、自分もそうしてみようと思えましたね。
水嶋: 野暮な質問かもしれないけど、”米国”公認会計士であることには意味があるんですか?
笠原: 英語での勉強に抵抗がなかったのもありますが、日本だとガラパゴスになっちゃう一方で、より世界規模で活躍できるという理由があります。
水嶋: さっき数字が好きだからって言ったけど実際はそっちが理由として先にあるんじゃないですか?世界で活躍できるかどうか。『未経験と言われてムカついた』、で、それに対して見返したいという気持ちもあるだろうし。
笠原: !そうですね、確かに。言われて気づきました。
ビジネスという土俵で”チア”を活かしていきたい
水嶋: チアとの関わり方は、今後どう考えています?
笠原: これまではチアが軸で、営業やマーケというビジネスが周りにあったんですが、これからはそれを入れ替えようと思っています。ビジネスの道を進む上で趣味としてつづけていきたい。趣味、だけど世界レベル。
水嶋: 趣味だけど世界レベル、いい響き!
笠原: それまではチアリーディングでずっと生計を立てていこうと思ってたんです。オーストラリアでもそうだったように、チア関連で実際に暮らしていくことはできる。でも一方で、『社会的地位を上げたい』『お金持ちになりたい』という気持ちも正直なところありました。
水嶋: うん、大事だと思います。そういう気持ち大事。
笠原: それを目指すなら、チアでビジネスをするのではなくビジネスをしなければならない。手段と目的がごっちゃになっていたなと。これまでも高収入の人から『チアで稼げると思うなよ』や『実験的にはいいかもしれないけど』とか言われてきて、『でも私はチアで成功してみせる』と思っていた。
笠原: でもいまになって思うと、チアなら楽に稼げることを知っていたからそこに逃げていたんだと思います。実際に帰国してすぐは全国からコーチの要請が来てたけど、このコロナでそれも飛んだ。そこで時間ができて、考えを改めたんです。『社会的地位を上げるならチアには限界がある』、って。
水嶋: 競技を稼げるレベルまで持って行くこと自体、かなりとんでもないことだとは思うんですけどね。でも、それは言い換えるなら市場が小さいってことだし、そこであえて会計士を主力にすることで、笠原さんにとってチアはいままでとはまた違った形で価値を生み出していくんだろうと思います。
笠原: コーチの仕事は、コロナで飛んだと言ったんですが、オンラインチア留学というものはじめていて、『オーストラリアの強豪チームのレッスンを日本でも受けられる』というプランをつくってみたら2日間で50人が集まったんです。日本のチアリーディングを発展させるという意志はあるのでこの活動は続けていきますが、もう公認会計士の講座も申し込んでいるので、将来的には会計士をメイン、チアをサイドとしてやっていきたいと思います!
水嶋: 望みの高さとそれを実現する行動力が素晴らしい、私も見習いたい!
海外経験はどのような影響を与えている?
水嶋: どんな影響を与えていますか?
笠原: 国によって価値観がここまで違うんだということですね。たとえば、オーストラリアはのほほんと暮らすことができればOKとか、ドバイはいかにラグジュアリーな暮らしを送れるかがステータスとか、韓国は留学時代だったのでビジネスは分からないけど、どれだけ良い企業に就職できるかが大事かとか。一方で日本は、ビジネスすべてのスピードが速くて、かつ足並みを揃えることが大事、わるく言えばみんな同じでないといけない。でも、そんなそれぞれの価値観が分かったからこそ、日本のよさもいまは分かります。
水嶋: あぁ。日本のよさも分かるっていうの、分かります。いまはなぜかダメっていう声が大きく聴こえる気がしますね、みんな違って、みんないい。
笠原: 私もそう思います。あとは、そうした国の違いを体感していくと、人に対してもそう思えてくる。たとえば友人が『お金はないけど起業したい』と言ったら、たぶん以前は『それじゃダメだよ』と言ったと思うんです。でもいまなら『お金がなくてもできるんじゃ?』と考えるようになったし、基本的に、『なんでもできる!』から入ってみるようになったと思います。
水嶋: すごく分かります。外国人をやってると自分の価値観が少数派になるし、良いとか悪いとかじゃなくて、違いなんだと割り切れますよね。やらしい言い方すると、少数派が悪いなら自己否定になっちゃうから。それは国とか趣味とかに限定されるものじゃなくて、すべてが対象になるんだろうな。
帰国就職に悩む友人がいればなんと言う?
“海外経験に直結させることばかり考えると厳しいと思います。たとえば私は留学時代に韓国語や文化を学んだけど、就職活動で強みにならず、会社でも活かせず、「なんで留学したんだろう?」と思ってた。でも、ドバイでもオーストラリアでも韓国人のクライアントがちょこちょこいて、そこで自分が商談をまとめて取引先獲得につながった。絶対、どこかで生きてくると思います。(笠原園花/2016~2020年・ドバイ>オーストラリア在住)”
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