大阪の”ママカフェ”店主を支えるニュージーランドのドーナツ屋経験|城戸美香

“ニュージーランドで、テキサス発のドーナツチェーン店の立ち上げに携わりました。大学時代の友人から声をかけてもらい、現地で3年間。ライセンスはあるけどそれ以外は何にもない状態。物件、道具のサプライヤー、内装外装デザインと何から何まで決めないといけない。日本と違い予定通りにいかないことだらけ。驚いたのが、オープン日を告知したことが、NZ人には「なぜわざわざ日取りを決めるんだ」という感覚だったこと。”

プロフィール城戸美香(きど みか)。 1982年生まれ、大阪府出身。 大学卒業後、セブン&アイホールディングスのレストラン事業部にてマネージャーとして勤務後、オフィスサプライ企業の営業事務を経て友人の誘いでニュージーランドでのドーナツチェーンの立ち上げに携る。 3年後に帰国し、2018年10月に出身地の大阪でカフェ『CAFE Petite Pousse』(カフェ プチ・プース)をオープン。

ニュージーランドでドーナツ屋、突然の誘いも即OK。

城戸: 日本で大学を出たあと、外食産業のマネージャーとして2年働き詰めて、どうしても体力的にきつくて転職しました。連日タクシー帰りになるまで働いたこともありますが、飲食店のキッチンは男性を想定したつくりになっているので、全力で背伸びしないと届かないところがあったりとむずかしいところもあったんです。

もともと大学は、日本でもっとも留学生が多いことで有名なAPU(立命館アジア太平洋大学)。国際経営学部。サービス業に興味を惹かれたのは、大学受験を終えた高3のときに経験した、五つ星ホテルでの配膳アルバイトだった。お客のアクションを先読みして手配する、その真髄に魅せられた。

オークランドからフェリーで40分、ワイナリーが集まるワイヘケ島にて。

城戸: 2社目は1社目とまったく違って毎日規則正しい生活を送れ、その環境に満足していたつもりだけど、飽きてきた部分もあったのかもしれません。大学時代の後輩から「ニュージーランド(以下、NZ)でドーナツチェーンの立ち上げをしてみない?」という連絡があり、二つ返事でOKしました。テキサス発のサザンメイドドーナツというブランドで、その子のお父さんが現地でのフランチャイズ展開のライセンスを取って、立ち上げメンバーを探しているとのことでした。

海外で働いた経験も、ドーナツ屋で働いた経験もなかったが、それ以上に「やってみたい」という気持ちが勝った。そもそもAPUに入った理由には、海外留学に興味はあったが三人姉弟の長女だから遠慮したものの、それでも外国人学生が多いという「留学に近しい環境に身を置きたい」というものもあったからだ。

ゼロから立ち上げ、しかしことごとく予定通り進まない。

城戸: NZは、中学のときに1週間ホームステイしただけで、コーヒーや食事の相場も何も分からない状態。でも、2011年6月というオープン日だけは決まっていました。理由はそのタイミングでラグビーのW杯という商機の開催が決まっていたから。何もない状態から、ほぼ1年で国際的なイベントを迎えなければいけない。あるものはライセンスだけ。フランチャイズといっても大きな機械と原料の粉をテキサスにある本社から買うことだけが決まっていて、それ以外の、物件に道具の調達、外装も内装もデザインすべて現地で考えて決めなくちゃいけない。自分をふくめたメンバーのビザの切り換えも、そしてスタッフの採用や研修も必要でした。

NZラグビー代表『オールブラックス』の試合を観戦

NZに渡った当初のメンバーは、現地のNZ人と日本からやってきたダイレクター、自分を含めた2名の日本人マネージャーで全員。手が回らないということで後に現地で1名採用したが、現場のことはほぼすべて引き受けた(立ち上げ前に2名が合流し日本人マネージャーは計4人となった)。

城戸: 結果的には、オープンに間に合いました。でもそれまで予定通りいかずに苦労した、何もかも。NZには『Trademe』といういろいろ募集できるウェブサービスがあるので、求人を出せば膨大な履歴書が送られて来るんですね。その中で一生懸命数を絞って、面接を設定するんですが、待てども来ない。半分以上は来なかったです。それだけでなく雇ってから揉めることもあったけど、これがNZのスタンダードかもしれない。管理職が外国人であるところはそれだけで法的に問題があれば不利な立場なので、私たちのやり方は法律上アリかナシか、労働法を都度調べて、自分たちの感覚と現地の法律のズレを埋めていきました。

「予定通りいかない」中でも印象深いエピソードが、工事完了後に保健所から入るチェックで、「分電盤の位置が基準に沿っていない」ということが発覚したこと。それは工事しなおさなければならないレベル。プロの設計士にお願いしていたので安心しており、よりによってまさかここでつまづくとは思ってもみなかった。

本帰国後、育児の苦労から「お母さんが落ち着けるカフェ」立ち上げ。

城戸: 4店舗を展開し、オペレーションも整ってきたなというタイミングで体調を崩してしまいました。現地の病院で診てもらい、手術をしないといけない状態だったので一時帰国。子どももほしかったので落ち着ける環境にいたいと、そのまま本帰国を決めました。外食業から転職したときもそうですが私は、全力でやって、体調を整えて、全力でやって…と、その繰り返しですね(笑)。

大阪での手術後の写真

それから間もなく出産を経て、子どもも成長し、徐々に生活が落ち着いたタイミングで地元の大阪でカフェを立ち上げた。高校生の頃のアルバイト経験から、サービス業に携わりたいという気持ちはずっとあって、子どもが付きっきりでなくなる歳になったら自分で自由にやろうと漠然と考えていた。

城戸: 立ち上げたカフェ『Cafe Petite Pousse』のコンセプトは、「小さいお子さんたちがいるお母さんがゆっくりとご飯を食べられる場所」。うちは娘が人見知りと場所見知りで、自分の母親に預けることもできなかった。百貨店の授乳室に行っても、壁にかかっているクマの絵に気を取られて落ち着かずにお乳を飲んでくれない。夜もぐっすり寝てくれないので、昼間はボロボロな状態。それだと食事も自分のタイミングでとれないので、冷めたカレーや伸び切った麺を食べることになるんです。だから、授乳室もキッズルームもすべてこっちで用意するから、そんな以前の自分のようなお母さんたちが気分転換できる場所を、と思って立ち上げました。

現在経営している『CAFE Petite Pousse』(カフェ プチ・プース)

「飲食店の立ち上げ」という同じ場面で、NZでの経験が生きたことは言うまでもない。そして、予定通りに動いてもらえる日本の業者は素晴らしいと骨身に沁みた。「いつも感謝してます」と語る。

城戸: ほかにNZでの経験でいま生きているものは、マーケティング。どういう人にお店に来てもらいたいか詰めていって形にするというところは生きていると思います。NZと日本は食習慣が違うので、外国人の私たちは肌感覚を持っている現地のNZ人以上に、現地のビーガンやオーガニック食品へのこだわりを踏まえた上で、自分たちのドーナツをどんな人に食べてもらいたいかということを考え抜く必要があった。

プチ・プースのキッズルーム

コロナ禍の中にあっていま、デリバリーをはじめたり、巣ごもり生活を送る人に向けて健康に配慮したメニューを開発したり、さまざまなことに取り組んでいる。その上でカフェの根っこである「お母さんが落ち着ける時間を」というコンセプトをどう届けるか、いま苦労しているものの一番はそこだという。そんな場面でバネになるのは、NZというよりは、「留学に準ずる経験をしたい」と思って入ったAPUでの経験だと話してくれた。

コロナ禍の中、デリバリーに力を入れる。

城戸: 私が入学した時点でまだ創立2年目の新しい大学で、税金でつくられた大学でもあるので、地域住民に受け入れられる以上にメリットをもたらす義務のようなものがあったんです。そんな環境の中で私たちの代で学園祭をはじめることになり、意義を徹底的に考えました。そしてまた、「ないものはつくるしかない」というマインドが鍛えられた気がします。それに、違いを認めた上で相手を尊重することを身体で覚えましたね。そんな経験がNZで活き、NZの経験がいまのお店作りに役立っているので、本当、ぜんぶつながっていると思います。

これまでカフェで「落ち着ける時間」を届けてきたのは、授乳室やキッズルームなど設備あってのものだった。それがコロナ禍で物理的な接触そのものを断たれた場合、どうするか。「料理は届けられてもコンセプトは届けられない」と語る、城戸さん。インタビューの終盤、ほぼ世間話のようになったあたりで、「コンセプトを伝えるには料理というハード以外の方法があるのかもしれない」という話になった。どういった活路を見出すか、そのときにもまたAPUとNZでの「ないものはつくるしかない」という経験が生かされるのかもしれない。

CAFE Petite Pousse(カフェ プチ・プース)


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2020-09-19|タグ:
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