後町さんは、薬剤師、編集者、コンサルタント、さまざまな現場で活躍してきた人だ。一見すると関係性がないようだが、すべては「医療」という軸のまわりにあって彼女はそのときどきで強い意志を持って選んできた。その原体験は、かつてのアフリカ(ガーナ)での2年間の医療現場にある。前後編の前編です。
医療を軸としたパラレルキャリア
水嶋: お仕事について聞かせてください。
後町: 医療経営コンサルタントです。病院の、管理職育成を一年かけてやるとか、患者さん獲得のためのブランディング支援や将来のビジョンを職員と共有して文化にしていく。ほかにもテクニカルな話では電子カルテを導入する際のオペレーション改善をいっしょに考えるといったことをしています。
水嶋: 経営というとシンプルだけど、とにかく幅広いですね。
後町: 会社により得意分野があり、うちは人やブランディングに強いです。
水嶋: だけど後町さん、前職は医療教育メディア編集、さらに前は病院で薬剤師という。医療が軸こそあれどまず個人の経歴が幅広い。そこに海外での経験がどう影響を与えているかという話を聞かせてもらいたいと思います。
ガーナで知った”医療の限界”と”偽造薬品”
水嶋: ガーナに2年いた?
後町: 2008年から2010年まで、青年海外協力隊としてイースタン州の保険局に派遣されていました。任務はHIV感染症の予防啓発や母子感染予防対策が中心で、ほかにも陽性者の自助グループを手伝ったり、検査者を育てたり。
水嶋: 現地での体験を通して得た価値観ってありますか?
後町: 大きくふたつあり、ひとつは「医療は万能ではない」と気づかされたこと。現地では、医療ばかりでなく経済やインフラも発展途上で、栄養状態が偏っている場合も多く、投薬治療が効かなかったりするんです。環境が日本とは違うので、援助をするだけでは本質的な改善にならない。そこでは、現地の経済に組み込める、ビジネスが重要になると思うようになりました。
水嶋: …先日アフガニスタンで亡くなった中村医師も、医療の前にインフラが必要だとして用水路を建設した、という話を聞いたことがあります。
後町: たぶん、そこにたどり着いちゃうんですよね。それもあってか、人が亡くなったら、悲しいけど、現地のひとびとはけっこう受け入れるんです。ガーナ人の半分以上はクリスチャンなので『神が決めたことだ』と考える。
水嶋: インフラも異なれば、死生観においても前提が異なるんですね…。
後町: ふたつめは「薬を届けるべきところに届ける」という目標を持った。任期中に私と同期がマラリアに罹ってしまって、私は首都にも近かったのですぐ大病院に入院しましたが、同期は薬を飲んでもぜんぜんよくならなくて結局同じところに来て、のちのち『あれは偽造薬品だったかも』となって。
水嶋: 偽造薬品とか、あるんだ…!
後町: 途上国では感染症対策や母子保健が問題視され、薬はそのあとの話とそれまで私も思っていたんですが、「適切な薬が届かないと治るものも治らない」って実はめちゃくちゃ重要じゃないか?と考えるようになりました。
偽造薬品を研究して生まれた新たな疑問
水嶋: 任期を終えて、そのあとは?
後町: 薬のことをどうにかせねばと思って調べていたら、偽造薬品について研究している先生がいたのでその人のもとで院生として研究しました。
水嶋: ドンピシャの環境ですね。
後町: もともと国際保健の専門家になりたくて、そのために修士が必要なので院生は考えてたんですけどね。ただ、協力隊の前は国際薬学生連盟の役員で、そこでの交流で他国の学生が大学に入ってキャリアを形成して、また大学に入って…ということをふつうにやってて。日本だと卒業から就職に間がないから、『それめっちゃいいじゃん!』と思ったことは影響しています。
水嶋: 日本はブランクとして見る人が多いですよね。研究はどうでしたか?
後町: 研究ではミステリーショッパーという、政府に話を通した上で、患者役として現地の人に薬を買ってもらい、成分を調べるということをやっていました。でもそこで、製造の許可を持っていないとか、でんぷんを丸めただけとか、完全な偽物は論外ですが、品質基準に満たない薬をどうとらえるべきなのか?という、新たな疑問が生まれたんです。
水嶋: 「品質基準に満たない」もの。
後町: たとえば、有効成分を90%以上としたとき、87%は本当にダメなのかと。でもそれは欧米や日本など先進国が定めた基準で、現地の製造能力には限界があるし、安くて、産業になっていて、国としても守りたいという事情もある。粗悪な薬をつくっている悪いやつをつぶせば済むという単純な話じゃない。いろいろと考えた結果、いわゆる病院という現場で治療をした経験がなかったので、どこかで通らないとなと思い、薬剤師として働くことにしました。
ガーナで偽造薬品という問題に直面したが、それは勧善懲悪的な単純な話ではないと知らされた後町さん。それから舞台を病院という医療現場に移し、どのようにしていまの「コンサル」に着地するのか。後編につづきます。
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