マドリードという街とたくさんの糸でつながっている|スペイン|堀ようこ

スペイン、マドリードに住む堀さん。仕事は太陽光発電所の架台メーカー、その日本市場担当。スペインとの出会いは日本で働いていたときの出張。まるで別の惑星のような景色と、人懐っこさとおいしい料理が気に入り、半年後に移住。スペインと日本の間に立つ仕事だからこそ体験する苦労や、生活の魅力を話してもらいました。

堀さんのインタビュー画面
プロフィール堀曜子(ほり ようこ)。1982年生まれ。日本国内で機械系の大学を卒業後、自動車メーカー、外資化粧品メーカーにて、28歳まで働き、その後はスペインへ移住。1年目は語学学校、2年目は地元の大学院に通い、以降はスペイン系の会社に就職して、転職を経て現在は2社目。 趣味はランニング、旅行、車。

日本のソーラーパネル市場で活躍する欧州メーカーたち

 : マドリードにある、太陽光発電所の架台メーカーでエンジニアをしています。この数年で、メガソーラーパークの電力を政府が買い取る流れができたんですが、その金額が高額だったため、ドイツ、イタリア、スペインなどのヨーロッパ諸国を中心に外資系企業がたくさん入ってきてるんですね。そんな中で、日本市場の担当として働いています。

水嶋: へーー、知らなかった!そこはやっぱり日本人がいた方がいいんですか?

 : そうですね。2013年頃から市場が広がりはじめたんですが、フタを開けてみれば、公共の場所にパネルを建てる上で書類手続きが必要だったり、日本の規格に沿う形で構造計算をしなければいけなかったり、とくに経産省の担当部署への説明が面倒だということが分かった。そこで、「物理が分かって日本語で説明できる人がほしい」という求人があって就職した形です。

水嶋: じゃあ、堀さんはその物理の分かる人?

 : 日本だとそれは建築系の人がやるものなんですが、私は機械科で学んでいたので、「文系の日本人よりいいだろう」ということで採用されました。たださっき話したように「日本市場関係は私」という感じで、経産省から承認を得るための面談のほか、弊社架台を日本で販売するための営業などもしています。

水嶋: 日本人の商習慣を分かっている、とかの価値への期待もありそうですね。海外の日本人採用需要ならではな感じ。それにしても、助成金を出すけど、制度が複雑って、なんだかどっちもいかにも日本らしい話だ。

 : 海外の企業がたくさん入ってきたのは、各国市場が飽和状態だったので、狙われた感もあるんですよ。でも、新しい市場だとあとから穴がいっぱい出てくるけど、日本だとルールで決まってないことは担当者レベルでも決められない。

水嶋: なるほど。そこで間に入る人が必要だということで、そのポストに堀さんがいる訳ですね。

マドリードの街並み
マドリードの街並み

ソーラー架台メーカーで働く堀さん。ではその仕事でスペインへ?というと、違うとのこと。スペインとの出会いは2012年のこと、日本で外資系化粧品会社に勤めていた頃の出張だったという。

日本からの出張、スペインの自然・人・食に惚れ込む。

 : 新しいブランドコスメの立ち上げに関わっていたのですが、それがスペインのオリーブオイルを使う予定で、メンバー4人で出張へ行くことになったんです。ただ、私はニュージーランドで留学していたこともあったので興味があるのは英語圏。スペインにも、ヨーロッパにも興味がなくて、最初は嫌々行きました。でも、車窓から見た景色がオリーブの木々と黄色い台地で、何もないから空が低く感じ、別の惑星に来た気がした。「こんなところがあったのか」と驚きましたね。

水嶋: 私もスペインに行ったことがありますが、到着早々すべてが黄色くてびっくりしたなぁ。

 : その出張をコーディネートをしてくれた日本人女性がいて、「なんでここを選んだんだろう」とたくさん話を聞きました。また、スペインで会う人みんなが人懐っこくて、食べるものがぜんぶ美味しくて、嫌々行っただけにすごい評価が上がった。それに、道行く人同士が仲良しで、半世紀前の日本にさかのぼったような雰囲気も気に入りました。

水嶋: その体験があって、スペインに渡った?

アンダルシア地方への出張で、ネタ用の写真を撮る堀さん。
スペイン出張時のネタ集めとして、撮影する堀さん。

 : はい。プロジェクトチームは解散になって、出張から約半年後に退職を決めて、1年語学留学をしようと。ニュージーランド留学時代の友達がイギリスにいたのでそっちでもと考えたのですが、最終的には出張での印象もあってスペインのマラガという海沿いの街を選びました。

マラガで留学&就職、帰国を意識した頃に新たな街へ。

水嶋: マラガでの留学生活はどうでした?

 : 1年の前半と後半でまったく違いましたね。最初は、ドイツ人やオランダ人、ヨーロッパの人達が来てたのでいっしょに豪遊してたんですけど、3カ月経ち夏が終わるといなくなっちゃう。それからは大学院など受験を考えているロシアやアジア系の人達といっしょに宿題やお茶をして、落ち着いた感じで過ごしました。そんな環境の中で自分もマスター(修士)を目指して大学院に行こうと思うようになって、進学したんです。

水嶋: 夏が終わるといなくなるってなんかセミみたいだな…。大学生活はどうでした?

 : もう大変でした。講義も地元のアクセントが強くて何を言ってるか分からない、語学レベルが足りなかったんですよね。学生も地元の人たちばかりだからまとまるのは昔からの友達同士で、決して悪く扱われた訳じゃないんだけど、入りにくいコミュニティ。私はずっと外国人チームにいたというか、大学院での発表なんかはいっしょにやってきました。

水嶋: それって初めてのスペインで「人懐っこい」という話とは違って感じる部分ですね。

 : 旅行だと「なんて気さくな人達なんだ」と感じるけど、スペイン人は地元のつながりが強くて、昔ながらのものを長年に渡って大事にする。とくに、マラガという地方都市というのはあるかもしれないけど。

水嶋: そうかー。人懐っこいのは決して間違いじゃないけれど、土地で違うということもあるし、そもそも旅行者ではなく生活者としてその場にいれば、どうしても地元の人間との接し方に違いは感じるでしょうね…。

 : そのあとはマラガにある、窓枠をつくっている会社が日本人営業を募集していたのでそこに就職して。オーナーはスペイン人なんですけど、社員はスペイン人より外国人が多くて、いくらか居心地の良さは感じられました。ただ正直なところ、4年住んでマラガを好きになったことはなかったですね。

水嶋: どうして?

 : アンダルシア地方で唯一の国際空港があって、クルーズ船も停まるような街なんですが、観光業の人達を除いてどこか外国人慣れしてないというか、保守的というか。田舎っぽい。なので実は毎年日本に帰ろうかと思ってて、最後の最後に「もういいかな」と思ったときに、いまの仕事への転職をきっかけに違う街に移って。すると、そんな思いがスッと消えましたね。

水嶋: あ、じゃあ新しい街では違ったんだ。

 : スペインの北の方にある街なんですが、そのエリアの人達は最初は仲良くなるまでに時間がかかるけど、そのあとはほんとに良くしてくれる。南は気さくすぎて、シリアスな場面になったときのギャップに驚いちゃう日本人も多い。イギリスについても同じような表現をする日本人は多いです。

水嶋: それ、ベトナムでもありますねぇ。私個人としてはあまり思わなかったけど、似たことを言う日本人はけっこういました。

マラガの語学学校にて、テーブルに座って学ぶ10人の集合写真。
マラガの語学学校にて(中央右寄りが堀さん)

スペイン人の仕事ぶりは「演劇を見てるよう」

水嶋: スペイン(人)の働き方で、どんなところで日本との違いを感じます?

 : 家族が第一、あとは健康。そのために働いているというところはブレないですね。なのでそのふたつを尊重して文句を言われることはまずないです。苦労する点としては、日本のように空気を読むという文化はないので、相手の立場になって考えるというところがなければ、チームワークはとてつもなく下手です。自分の守備範囲外の仕事は客に文句を言われようと関係ない、休みの日にも客や同僚からの電話は滅多にとらない。私は、「結局は休日明けに大変な目に遭う」と思ってとっちゃいますけど。

水嶋: 「あとあと大変だぞ」と思えばとってもよさそうなものだけど、たとえそれが分かっているとしても、そのへんのオンオフの切り換えが徹底してるのか…。

 : オンオフについては、彼らの仕事ぶりを見ていると演劇を見てるような感覚になりますね。「いま僕はサプライヤーで、君はお客さんです」みたいな。でも演劇を終えるとただの友達に戻る。大きな会社の上の人達だと、日本と大して変わらないかもしれないけど。

水嶋: 演劇か、はじめて聞くけどすごく分かりやすい例え。おもしろいなー。

 : 私としては仕事柄、そんなスペイン人と日本人のお客さんの間に立つのが辛いですね(笑)。両者のやり合いを見てると、まるで夫婦喧嘩を見てるみたいですよ。

水嶋: またおもしろい例え出てきましたね、どういうこと?

 : 日本人は一度約束を守れないと「もうあなたの言うことは信じられない!」と言って、それに対してスペイン人は「今度はちゃんとする、何をすれば満足するんだい?」と言う。これって夫婦喧嘩みたいだなって。

水嶋: なるほど…確かに。

 : それを通訳するんですよ。それであるときスペイン人側から言われたのが、「ヨウコは日本人にスペイン語の通訳をするときは3倍くらい時間かけるけど、逆(スペイン人に日本語を通訳するとき)だと1/3くらいだよね」って。そんなとき、「分かってほしいんだけど、核心だけ伝えると日本人は拗ねちゃうし、逆に日本人は全体の1/3しか核心にあたることを言ってないから」って答えるんです。

水嶋: あはははは!おもろい!通訳はすごい大変そうだけど!

 : 日本人は「(予測を立てずに)そのとき考えよう」というのが大嫌いじゃないですか。でも、思うのが、同じ仕事量に対する担当者の数が、スペインは少ないけど、日本は多いんですね。だから、スペインだと予測を立てて先につなげるように考えると時間が足らなくなるので、必要最低限まで情報をシャットアウトするんですが、それが日本人からすると「回答が薄っぺらい」と感じてしまう。でも個人のGDPはそんなに変わらないので、趣味の問題にしか思えないんですよね。どんな仕事の仕方をしても、経済レベルはいっしょだよって。

水嶋: 私、先読みする日本人の性質は、なんだかんだでポジティブだと思っていたんですが、その話を聞いているとそんな考え方も意外とそうでもないんだなって思いました。事前に問題を回避できるならそれに越したことないけど、結局のところ「いつ対応を考えるか」ってだけのことなのかも…。まぁ、交通インフラとか、ミスが命に関わるようなことなら必要なことだけど、すべてにおいて本当に完璧にこなす必要があるかっていう。

 : まぁ、いまは一応正社員ですが、外国の会社ぽく、いつクビになるかはスペイン人さえも恐れるところなので、安定性は日本の会社に比べて欠けますけどね。

水嶋: あはは…って、笑える話じゃないですね。

ヒホンの海岸、左奥にはホテルなどのビル群が広がる。
ヒホンの海岸にて

マドリードという街と、たくさんの細い糸でつながっている。

水嶋: マラガにいたときは毎年帰国しようかと思ってたって話ですが、いまは?

 : いま、その選択肢はないですね。コロナ禍前は二か月に一度は出張で帰ってたので遠い国に感じてなかった、というのはあるかもしれないけど。でも8年も経つと、こっちの方が勝手はよくなっていきます。

水嶋: そうですね、それはほんとよく分かります。

 : ただ、2018年の頃に帰ろうかなと思ったことはあって、ある大きな企業のプロジェクトでオファーがあったんですね。内定ももらえたんですが、こちらの給料の希望額をエージェントがごまかして、結局はなくなった。ただその希望は、給料がほしいというより、スペインから日本に移ることで生まれるマイナス分はもらわないと割に合わないと考えたから。スペインは毎週金曜は午後2時に終わるとか、日本の通勤は大変だとか、そういう違いの積み重ねってストレスに影響するじゃないですか。それで同じお金しかもらえないなら意味ないなって。日本にいれば家族に会えると言うけれど、スペインにいた方が(出張ベースで)むしろ会えていたし。

水嶋: 国や場所が変わるということは、「転職」にその言葉以上の意味がありますもんね。それをお金で補うというのはある意味でひとつの妥協なんだけど、それすらも望めないならそりゃ難しい。私も、家族じゃないけど、ベトナムに住んでいたことでかえって日本にいる友達とはよく会っていた気はします。離れているからこそ、会える機会が希少になるっていう。ではそのほかに、スペインに住み続けたいという理由はありますか?

 : そうですね。スペインの生活って、細い糸みたいなものでたくさんの人とつながってるんですよね。友達ってほどじゃないけど、赤の他人ってほどでもない。帰り道で会うお店の人とかが「今日は早いじゃん」って声を掛けてくる。その街に住んでいる、という感じがする。それっていまの日本だったらおかしなことだったりもするじゃないですか。関わってくる分、ものの言い方がストレートなので、すれ違いざまに「どけ」と言われたり、「なんでそんなこと言われないといけないの?」と心を乱されたりもすることもあるんですけど。

水嶋: そうか、それってほんと、さっき言われた半世紀前の日本っぽさ…。

 : 一人一人のつながりは薄いかもしれないけど、一本切れてもまだまだたくさんつながっている。いま、そんな環境にいるからこそ、あまり帰ろうとは思わないですね。

トレイルランニング大会に参加する堀さん
仕事仲間と、トレイルランニング大会に出場。

太いつながりではなく、細いつながりがたくさんある。この言葉で、スペインで暮らす魅力が想像できる気がしました。それは昔の日本にもあったとよく言われるものだけど、国や街がシステマチックになっていく上で消えていくものなのでしょうか。人との関わりがリスクになる時代は寂しいものだな、とふと思います。

最後に堀さんは、「選択肢を持っておくといつか自分の助けになると思う」と話してくれました。かつて大手自動車メーカーで働いていた頃、居心地はよくなかったけど、「ここで失敗したらどこにも行けない」というプレッシャーを感じていたとのこと。でも、思い切って辞めて違うところに行ったらぜんぜん違った。それを「逃げ」と呼ぶ人もいるけど、それはただ「選択肢があるにも関わらず見てないだけ」なんじゃないか。

自ら海外に出た人から話を聞いていると、誰もが「心が自由だな」と感じます。


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2020-07-28|タグ:
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