タイ・バンコクの老舗日系フリーペーパーで編集長を務めた宮島さん。個人的にもお友達。日本にいたときから出版・編集の世界で働いてきた彼女は、3年半のタイ生活を経て、帰国後も再び同じ業界へ。しかし、以前とは大きく考え方が変わったそうです。そんな、タイで得られた価値観に迫ります。
目次
東京を中心にライターとタイの情報発信
水嶋: お仕事について聞かせてください。
宮島: 長年出版畑にいましたが、最近は「みんなのリハウス」「Gyoppy!」「mi-mollet(ミモレ)」などのウェブ媒体の執筆が多いです。地域に密着した、街や人についてのインタビューが中心。そのほか、関西にあるホテルの情報発信を手伝っていたり、タイにある訪日インバウンド関連会社を日本からサポートしています。
水嶋: ライターだけかと思ったら、いろいろやってるね!
宮島: いやーでもいま、ライターの仕事に関してはコロナの影響で取材がむずかしくなってるよ。
水嶋: だよね。
タイ・バンコクで老舗日系情報誌の編集長
水嶋: タイにいた期間と仕事を教えてもらっていいですか。
宮島: 2016年2月から2019年7月までのほぼ3年半。仕事は、『DACO』という創刊20年以上になる老舗日系情報誌で、後半は編集長をしていました。
水嶋: 具体的な仕事の内容は?編集長にフォーカスをあてると。
宮島: 私がいたとき、DACOは月2回発行だったんだけど(現在は月1回)、全社員に企画を上げてもらって、編集部で選んで、どの号にだれが何をやるか決めて、ラフを書いて取材して原稿書いてデザインまわして、台割つくって、原稿校正して校了して…。
水嶋: 全部やん。
宮島: 全部全部。会社として今後の方向性を考える時期でもあったので、会議も多かった。編集長になってからは日系企業には営業にも行ってたよ。
水嶋: 同じ時期に私もバンコクにいたから、忙しそうとは思っていたが…。
DACOの元同僚で、後に独立した後潟さんのインタビューもご覧ください。なお、前述の「タイにある訪日インバウンド関連会社」とは後潟さんの会社、SWIMのことです。
水嶋: DACOって老舗だけどやっていることは異色でしょ。そのへんが伝わるような、思い出深い特集ってある?
宮島: 私が担当した特集ではないんだけど、『シーローを知~ろうっと』がそうかな。
水嶋: シーロー、タイの乗り合いトラックだよね。
宮島: うん。タクシーと違って、広いし、荷物や子どもをのせられるから、日本人だと駐妻(駐在員の奥さまのこと)さんがよく使うんだよね。その特集では、日本人が住んでいるエリアのシーローの停留所マップをつくって、それぞれの場所と運転手さんの顔と名前とプロフィールをアイドル名鑑っぽく載せたの。
水嶋: おもしろいな!
宮島: でしょでしょ。そのあと、発行したDACOを持って、運転手さんたちに配りに行ったのよ。そしたら『オクサンが名前を(DACOで知って)呼んでくれるようになったんだよ』と喜んでくれていて。運転手さんもうれしいし、駐妻さんも安心できるし、タイ人と日本人のコミュニケーションを生んだという点でよい企画だったなと思う。
水嶋: それはいかにもDACOっぽい、めちゃくちゃいい企画だね。
宮島: それと私が自分で担当した特集でいえば、「現採白書」かな。現地採用者の仕事や生活についてアンケートをとってまとめたもの。これはSNSで「アンケートが100人分集まれば特集化します!」って形で、初めて読者に委ねた企画だったんだけど、告知6時間後にはすでに回答が100を超えて。あっという間に企画化されたの。実際に反響も大きかった、代表作と言えるかもしれない。
水嶋: おぉ、海外経験者のキャリアをひらくという点では、SalmonSのテーマ的に被るところが大きいね。勉強させてもらうよ。
タイ取材でバンコクの景色を見て「住みたい」
水嶋: そんなDACO時代から時間を戻し、タイ移住のきっかけを聞きたい。
宮島: 私ずっと出版畑で、当時は『FRaU(フラウ)』という雑誌の編集部にいて、そこは毎号、美容や旅、本、映画、みたく、ひとつのテーマに絞って特集を組んでいたんだよ。その編集部の中で私はスポーツファッション班にいたんだけど、タイ特集を組むときに、カルチャー班のデスクが『タイ合いそう』って呼んでくれて取材に行くことになった」
水嶋: 当時のデスク?決めた人、タイ移住のキーパーソンやん(笑)。
宮島: だよね(笑)。
水嶋: それで実際に行ったのがきっかけ?
宮島: うん、昔一度だけ行ったことはあったんだけど。取材中に車の中からバンコクの景色を眺めていて、『あ、住みたい』と思ったんだよね。ただFRaUに入って一年半だったし、尊敬する先輩たちもいたから辞めるつもりはなかったんだけど、人事異動があって先輩たちも散り散りになっちゃって。
水嶋: うんうん。
宮島: で、当時付き合ってたいまの夫が『オーストラリアに留学したい』と話してて、そこで日本に留まる理由がなくなったのでじゃあ行くか!って。
水嶋: 留まる理由がない状態って重要だよね。DACOに就職した経緯は?
宮島: 海外就職ははじめてだったし縁故採用のツテもないし、少しでもリスクは下げたい。だからいままでやってきたことで働けるなら行きたいと思って、『タイ 編集者』を検索したら一発目でDACOのサイトが出たんだよ。
水嶋: おぉ。
宮島: そうしたら、「規格外の女性編集者を募集します」っていう怪しいバナーが貼ってあった。
水嶋: それは怪しいな(笑)。
宮島: それで、Skypeで面接をして内定をもらって行くことにしたんだ。
帰国後の仕事のきっかけはTwitter
水嶋: それからDACOでの話はさっき聞いた通りだね。帰国のきっかけは?
宮島: 夫には(オーストラリア留学を終えたあとに)日本とタイを行き来してもらっていたんだけど、「やっぱり日本で暮らしたい」って言われて。
水嶋: そう思いながら3年半つづけてくれたことはすごいね。
宮島: そうだね、そう思う。
水嶋: それと、帰国のきっかけが家族というのは多数派だろうね。自発的でもない限り、ほとんどがそうだと思う。帰ってからの仕事はどう考えてた?
宮島: 帰るときはどこに住むかも決まってなかったんだ。ただ企業への就職は考えていなくて、それはTwitter上で編集ライターのくいしんさんがアシスタントを募集していて、そこで話が決まっていたから。ということもある。
水嶋: くいしんさんとはもともと面識があったの?
宮島: いや、実はDACOのウェブサイトの方向性を考えるときのモデルとして「灯台もと暮らし」というサイトが素敵だなと思ってチェックしていて、当時その編集部にいたくいしんさんのこともフォローしてた。そもそもTwitterも私、DACOの読者の声をもっと知りたいと思ってはじめたんだよ。
水嶋: 回り回ってタイがつないだ縁か。
宮島: そうだね。
タイで学んだ”顔の見える取材”と”タムブンの心”
水嶋: タイでの経験がいまの仕事や生活に影響を与えているところはある?
宮島: 仕事でいうと、日本では大きなメディアの仕事をしてきたけど、DACOではバンコクに住む日本人とタイをつなぐというところで、街や人の顔が見えるよりローカル色が強いものを取り上げてきた。帰国後もそういうのがやりたいなという思いはあって、いまの仕事ともつながってる。
水嶋: 確かに、見事につながってるね。
宮島: 日本を離れる前は、ウェブでいまほどたくさん書ける場所もなかったし、重厚なインタビューを読む風潮もなかったから、時代の変化だと思う。
水嶋: そうだね。個人に刺さるものが確実に求められる時代になったね。
水嶋: 生活面への影響はどう?
宮島: やっぱり、タイで教わったのは自分の人生を自分のために楽しむということ。タイ人スタッフは、締切は守るんだけど、定時になったら帰るんだよ。あくまで家族や友達が優先順位として一番上。こっちとしては早く上げてほしいんだけど(笑)。でも、いい考え方だなって思うようになったね。
水嶋: タイやアジアに限らず、その話はよく聞く。でもバンコクってアジアでもバリバリの都会だし、そこでもっていうのは重要なことだと思います。
宮島: あとは「タムブン」だな。
水嶋: タムブン?
宮島: 仏教でいう功徳。タイでは(上座部)仏教の信者が多くて、「こういうことをすると来世に対してこれくらいのポイントが与えられる」みたいな考え方が根付いている。つまり、人のためになることが自分のためでもあるから、「タムブンタムブン」と言って助けてくれることが多いんだよね。
水嶋: 自分のためだよ~と言いながら人助けをする感じかな。
宮島: うん。そういうのいいなって。それに自分の中にもともとあったマイペンライ(※)的な考え方がタイで暮らすことで伸びていったんだと思う。
※日本語で「大丈夫」「気にしないで」などの意味に近いタイ語
帰国就職に悩む友人がいればなんと言う?
“うろ覚えで申し訳ないんだけど、ブロガーのちきりんさんがTwitterで、
「20代で第一のキャリアを築いて、30代で家庭優先にしたとしても、また40代からでも新しいキャリアが築ける。だって40からだってあと30年働かないといけないんだから」
みたいなつぶやきをしていて、あーーそうだと思って、その言葉のお陰で帰国を決意できた。
それまではもう日本から出られなくなるような気がしていたけど、いまは家庭の時間を大切にする時期で、また海外に出たいと思ったらなんとかして出るだろうって。つまり、そのときの優先順位を考えて、長い目で見ようねってことです。なにしろ長い間働かないといけないんだから、そうじゃないと飽きちゃう。(宮島麻衣/2016~2019年・タイ在住)”
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